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先週大阪梅田に行ったとき、古本街(?)に行ってみました

これ何年前の雑誌  って思うものや、『なかよし』ってこんな昔から出版されてたんだ  っていうものがたくさんあっておもしろかったです

私は実はちょっとしたアレルギー体質らしくて、そういうことから古本は本当はあまり好きではなかったのです

でも、実際に手にとってみて自分の考え方や感じ方が変わってきました。
1つ1つにそれぞれの歴史があり、現代との違いを感じられることが私にとってとても魅力的なことだと思うようになりました。

私はメディア論を履修してから、文字について興味を持ちました。
また、記録するということがどれだけ大切なのかということも最近よく感じます。

去年の春、私のひいおじいちゃんが亡くなりました。
その際に、自分がずっと書き続けた日記や記録を基に冊子を作ってくれと、母にお願いしたそうです。
その冊子を見て、びっくりさせられることがたくさんありました。
戦争のことや私達の住む町が出来上がるまでのこと、知らないことや、絶対に忘れてはいけないことなど・・・

人間の記憶は曖昧です。
自分自身の出来事も忘れてしまいます。
忘れることはとても悲しいことだと私は思います
でも、それが人間。
忘れたくないから日記を書いたり写真を撮ったりして記録するんでしょうね

今ではひいおじいちゃんがずっと書き続けたものを冊子にして欲しいといった理由が少しだけわかるような気がします

副局長 清水




【重い話題だったので】
 なにかを記録し、記憶を助ける、あるいは記憶を記録として別の時代に飛ばすことができるのは、地球上では人間だけでしょうね。だから、それをするのは、人間の証なのかもしれません。

 犬のおしっこの話はありますが。
 鳥がなにかしらの記憶か、あるいは地磁気の影響で、もといた場所に戻るのは、記憶だろうか。

 この世界に何物も残さず、写真も日記もblogも残さずに消えていく人もいます。近親者が早く亡くなっておれば、その人の記憶は誰にも残らず、病院のカルテ(5年で破棄するそうです)や戸籍や、そして学籍簿に残るくらいでしょうか。

 そうして人類発祥以来幾千億もの人たちが、脳の記憶を残さずに消えていったわけですね。

 家を造って子どもを作って、煮炊きした美味しい物をたべて、こぎれいなアクセサリーをしていた風習は、少なくとも縄文時代には見られます。その以前から、墓をつくり花を添えた形跡もあるようです。

 彼らはいまから5千年、一万年前の人たちでも、生きたいと思って毎日狩りをしたり、魚を捕ったり、木の実を集めていたのでしょうね。絶対確実に、今の人間と変わりはないわけです。

 文字を発明するまでは、何を残したのか。
 大地に、自分たちの村の絵を残した人たちも居たようです。
 権力者になると、岩に自分の事を彫ったようですね。

 生まれて生きて死んでいくつかの間の、当時なら30年前後、それでも何かを残したい気持ちは多くの人にあったことでしょう。

 今の人は、老若男女、大抵文字を知っています。
 時々、なにかを書き残しておきたい、作り残しておきたい、描き残しておきたいと、深夜、そんな重い想いにおそわれるのかもしれません。

 blogは、そんな時に役に立つのだと、私はずっと考えてきました。
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